Singing Artist レイ・ウノスケ
レイ・ウノスケ(Singing Artist)
幼少より感性豊かで、歌唱力抜群の少年時代を送る。
17歳で単身ブラジルに渡り、歌の道への志を新たにする。
1963年アルゼンチンに渡り、第一線のオペラ歌手イタロ・パッシーニに発声の基礎を学ぶ。
翌年、名タンゴ・バンドの指揮者、そしてフランシスコ・カナロのピアニストでもあるオスカル・サビーノ氏にタンゴを学び、
プロ歌手としてテレビ・デビューを果たした。日毎に人気を獲得し、一躍スターダムへ。
28歳で、ニューヨークの高級クラブ「シャトー・マドリッド」に出演し、3ヶ月のロングランを更新した。
歌唱力が高い評価を受けた公演は、マイアミ、チリ、ベネズエラ、エクアドル、ペルー、メキシコに及び、メキシコシティの
一流クラブ「エル・カプリ」では長期公演となり、メキシコ音楽協会(アンダ)より表彰を受ける。
一方、権威あるペルー国際音楽祭にて準優勝に輝く。世界を舞台にした輝かしい功績に対し、ハワイ州知事からも
表彰を受け、1992年、NHKテレビ「わが心のスタンダード」に出演。
以後、日本各地でコンサート並びに、ディナーショウを展開している。
1994年には、日本人として初めてニューヨークのアポロ劇場で歌い、満場の喝采を浴び、続いて音楽の殿堂、
カーネギーホールでも聴衆を魅了した。
21世紀の幕開けに、日韓共催の「ワールド・カップ」へのアプローチとして企画された特別プログラム、
「レイ・ウノスケ・ディナー・ショウ」は、韓国並びに日本からの多数の政財界の歴々を集め、
ソウルで華々しく開催され、参列者はその熱唱に酔いしれた。
美声と歌心は益々円熟味を増し、ブラウン管では体験できない情熱がほとばしる感動のステージを創り続けている。
国際的な舞台に相応しく、各国政財界や文化人の支持者も多く、国際的に活躍する音楽大使として、
この上ない評価を受けている。まさに、本物のSinging Artistである。



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